インスピレーション

写真に残す
自然との距離感

ハイカー佃 真冬香が進む、山と人生の尾根。

緑に恵まれた日本では、森林が国土の約3分の2を占めています。山や森林は生態系を維持し、水を蓄え、我々の生活を長きにわたり支え続ける存在であります。そのような国土の特徴もあり、日本では古くより登山が文化の一部として身近に親しまれてきました。里山から日本アルプスまで、日本の豊かな山々は私たちに多くの感動と試練を与えてくれます。

そんな山に魅了され、日常に好循環を与えてくれる存在として、山が生活の大きな一部になっているハイカーがいます。彼女の名前は、佃 真冬香(つくだ まどか)さん。ホームの丹沢から、冬は雪に覆われた穂高連峰まで、愛する山々や感動の瞬間をiPhoneで収めるフォトグラファーでもあります。

ハイカー / フォトグラファー 佃 真冬香さん

真冬香さんは、まだ今のように山に頻繁に足を運ぶようになる前は、年に一回の恒例行事となっていた友人との富士登山だけが山との接点でした。その富士登山の際に、山岳フォトグラファーの上田優紀さんと話す機会があり、自身の中で爆発のような感覚があったと話します。

「富士登山で泊まっていた山小屋で、撮影準備をしている上田さんと話すことがあったんです。そこで写真家としてエベレストを目指していると伺いました。同年代の方がそのような挑戦をしている。自分も新しい挑戦をしたい。意欲が爆発したんです」

「それから、週3のペースで『バカ尾根』の愛称で知られる、丹沢・塔ノ岳の大倉尾根でトレーニングするようになりました。そしてソロで谷川岳に行き、そこでの圧倒的な景色に心を奪われたんです。厳冬期に差し掛かるシーズンだったので、雪山装備をそろえて、雪の八ヶ岳、北アルプスの燕岳とステップアップしていったのは自然な流れでした」

山に魅せられハイクの回数を重ねていく中で、真冬香さんは山で出会った景色を写真に残すようになりました。

「丹沢を登るようになって、その登山道にある小さな苔や目にとまったものを撮影し始めました。私はもともと、小さな事柄にも感動しやすいタイプだったので、自分の心が動くものを撮るようになったんです」

そのように話す彼女は「Instagram」 を中心に写真を発信しています。山の様々な表情を捉えた写真に、自身の優しい文体でつづられた言葉が添えられます。それらの写真に派手な編集はなく、真冬香さんが見て心を動かされた山の情景がダイレクトに伝えられています。

撮影: 佃 真冬香

「山に行く回数が増えるにつれ、私の好きな撮り方にたどり着きました。ふと目に止まった景色の『何がいいと思わせているのか』をその瞬間に真剣に感じ取りシャッターを切る。そして、その瞬間に感じた感情を言語化して投稿するんです。私は写真の技術というよりは、自然現象であったり、景色が見せる一瞬の表情といったタイミングを逃さないことが得意なんだと思います」

自分も新しい挑戦をしたい。意欲が爆発したんです
佃 真冬香 / ハイカー

「写真編集に関しても同じで、被写体のどこが特に好きでその一枚を撮ったのかが一目でわかるような編集を心がけています。編集は『Instagram』上で作業することがほとんどで、トリミングや明度、コントラスト、彩度などの調整を感覚的におこなっています」

「どの項目をどのように調整すればこの質感になる、といったように編集をルール化しておらず、各項目を感覚的に操作してみて、その変化を楽しみつつ、それぞれの瞬間の好きな部分をできる限り自然体な形で表現できるように心がけています。雄大さ、険しさ、穏やかさ、凛々しさ、嫋やかさ、瑞々しさ、懐かしさ。自然の表情から感じ取れることは様々ですから」

今回の取材と撮影で真冬香さんに同行した谷川岳を望む尾根でも、彼女はiPhoneのカメラを山に向けていました。

彼女の中で特に思い入れの強い山である谷川岳。この山は群馬県と新潟県の県境に位置し、太平洋側と日本海側の気候がぶつかる厳しい条件にさらされ続けている一座です。その気候の厳しさから、通常標高2,500メートル付近で迎える森林限界が、この山では1,500メートルあたりといわれています。1,977メートルという決して高山とはいえない山でありながら、美しい高山植物や険しい岩稜帯が見られ、厳冬期には真っ白な雪に覆われ暴風が吹き荒れます。

撮影: 佃 真冬香

「谷川岳の山頂直下から伸びる稜線の先に『俎嵓(マナイタグラ)』という山頂があります。実はもともと、谷川岳というのはあの俎嵓を指していたようですが、国土地理院の誤記により現在の山頂が谷川岳と制定されたと後で知りました。私はこの俎嵓が大好きなんです」

「今回、改めてこの景色をじっくりと堪能できたので、自分がこの景色のどこを好きと感じているかに向き合えました。岩が少し見えている上に雪が乗っていて、のっぺりとした白い雪肌の中にゴツゴツした険しさが出ている——今の季節ならではの俎嵓の表情を感じたので、この写真を撮りました」

真冬香さんがハイクに出かける前にコース決定や登山道の状況を確認する「YAMAP」。

この「YAMAP」の画面は、真冬香さんにとって思い入れの強い山行の実際の記録で、憧れの先輩ハイカーに食らいついて、文字通り一日中、北アルプスの穂高連峰を歩き回ったと言います。知らないうちに作っていた自分の限界を越える経験で、大人の夏休みのような鮮やかな思い出だと、その山行を振り返ります。

「私が山に出かける際は『YAMAP』という登山支援アプリを使っています。直前に同じコースを訪れたユーザーの記録を参考にして、計画を立てたり、登山道の状況を確認したり。登山道が雪で埋まっている冬季においては、他のユーザーのGPS軌跡を参考に、ルートファインディング(コンパスやGPSデバイス、地図といったツールを使って地形を把握しながら、安全な進路を決定していく技術のこと。登山道が曖昧になる雪山などで特に必要なスキル)をしています。また、同じ山に繰り返し訪れることが多いので、過去の自分の記録と比較して、体力の変化を測る指標にもしています」

様々な山を訪れた真冬香さんですが、自身の今につながる大きなきっかけとなったのが、初めて雲ノ平(北アルプス最深部に位置する日本一高い場所にある平原。日本最後の秘境とも呼ばれる)に足を踏み入れた日だったと言います。

「登山に夢中になり初めて迎えた夏山シーズンでは、比較的アクセスのしやすい北アルプスの表銀座(燕岳から槍ヶ岳を結ぶ縦走路)や槍ヶ岳や穂高エリアを中心に通っていましたが、そこから見える向こう側の稜線にも素敵な世界が広がっているらしいと、いつしか気になって仕方ない存在となっていたのが北アルプスの裏銀座(烏帽子岳から槍ヶ岳を結ぶ縦走路)エリアでした」

小さなことに感動できる自分でい続けるためにも、自然に入り続けたいと思っています
佃 真冬香 / ハイカー

「しっかり5時間ほど歩いた後に訪れた水晶岳。その山頂から、噂に聞いていた憧れの地『雲ノ平』を肉眼で捉えたんです。見渡す限り起伏の激しい山々に突如として現れる穏やかな楽園はまるで『神様の腰掛け』のようにも見えるほどでした」

「雲ノ平が近づくほどに朝から高曇りだった空模様が変わり始め、歓迎されていると錯覚するかのような青々とした大きな空の下、雲ノ平山荘に到着しました。前日の宿泊をもって一足早くシーズン営業を終了していたため、他の登山者は誰もいない静かな大地でした」

「まだ4時間の行程が残っていたので、お手洗いをお借りできないか、小屋締め作業をする女将さんにお聞きしたんです。そこでのなんてことのないコミュニケーションやその空間があまりにも心に残るものだったのです。日本最後の秘境といわれるほどの僻地の小屋に足を踏み入れた瞬間に感じた、あの土地がそうさせるのであろう温かく穏やかで、余計な鎧が一瞬で溶かされてしまうかのような包容力。わずか10分にも満たない滞在時間が永遠に感じられたんです」

それ以来、毎年雲ノ平を訪れるようになった真冬香さん。雲ノ平への憧れや執着、これまでに得られた数々の奇跡のような景色との出会い。雲ノ平での衝撃的な体験が、今のすべてに繋がっている「一歩」だったと話します。

最近は様々な形での山との関わり方が増え、自分の好きな山のライフスタイルが見えてきたという真冬香さん。多くの出会いやめぐり合わせに感謝しながら、これからも自然と関わり続けたいと話します。

「誰もが目指せる一般登山ルートの中で自分の好きな場所を見つけ、何度も通いながら、その時々に感じることを写真を含めて楽しむのが好きだと気づいたんです。大きな挑戦というよりも、自然との距離感をうまく保ち、常にご機嫌でいられる生き方をし続けたい。今の東京での仕事と地元での暮らし、そして山で過ごす時間のバランスがとても良く、山に100%没頭できると仕事もうまくいくし、その好循環を整え続けたいと思っています。山に行かないと感覚が少しおかしくなる気がするんです。小さなことに感動できる自分でい続けるためにも、自然に入り続けたいと思っています」

今回、真冬香さんにとって思い入れのある谷川岳に同行した取材の中で、「あの山肌に見える岩、格好いいですよね」「稜線のハイカーが雲に入っていってるように見える」と、自身が感動するポイントをその都度、とびきりの笑顔で教えてくれたのが印象的でした。まるで、彼女自身が自然の中でチャージしたポジティブさを、周りの人に還元しているようにも見えました。一歩一歩、山での歩みを重ねる真冬香さんは、人生のこれからをも見据え、自身のペースで進み続けるのでしょう。