アプリカルチャー

踏み出し続ける小さな一歩

好きなこと、面白そうなことを追求して、古道研究家へ。

情報テクノロジーにまつわる様々なモノやコトをテーマに執筆するフリーランスライターの荻窪 圭さんは、古道研究家としての著書も複数あり、街歩きのガイドや古道に関する講座の講師としても活躍しています。一見まったく異なる領域にも思えるこれらのテーマ、どちらにも精通するまでには、どのような道があったのでしょうか。

「何か大きな決断をしたとか、思い切って一歩を踏み出したとか、そういった記憶はあまりありません」と笑う荻窪さん。ですが、お話を伺うと、自分の興味のままに、常に面白いことにアンテナを張り、新たな一歩を踏み出し続ける荻窪さんの日常が見えてきました。小さな一歩から広がってきた荻窪さんの歩みとは。

元々好きだった、地図と自転車

「物書きになりたい」という思いは、学生時代からあったと荻窪さんは言います。テクニカルライターとしての初仕事は、パソコン雑誌の記事の執筆でした。そのきっかけとなったのが、自作のプログラムを雑誌に掲載してもらうため、編集部に持ち込んだことでした。1980年代のパソコン雑誌は、ライターの募集やプログラムの投稿受付などを日常的に行っていたのです。編集部に電話をして、直接会って話す機会をもらえたのが、執筆の機会につながったといいます。

一方で、子どもの頃から、地図を見るのが大好きで、自転車に乗るのも好きだった荻窪さん。1990年代の半ば頃、個人でも買えるデジタルカメラが登場した時、映像やグラフィックに詳しいライターが多くなかったこともあり、デジタルカメラをレビューする仕事が増えていきました。

デジタルカメラを紹介する記事で、その写りがどうなのかを分かりやすく見せるのに、作例をたくさん撮影する必要がありました。そのために、どこかへ行こうと思った時、「自転車に乗って作例を撮りに行けば、交通の便を気にする必要がなくていいんじゃないか」と考えた荻窪さんは、スポーツ自転車を購入し、あちこちに出かけるようになりました。

iPhoneなどはまだない時代です。荻窪さんは紙の地図を携行し、走った場所に線を引いていきました。やがて、「次に同じ道を通る時は、ここで違う角を曲がってみよう」とか、「体に悪そうな車の排ガスを少しでも吸わずにすむように、幹線道路ではなく裏道を探して走ろう」とか、そんな“横道”の探索ををするようになりました。

そんな時、地元の自治体の施設で、古地図を売っているのを見つけて購入し、眺めてみると、今まで走りやすいと感じた裏道が、実は古くからある道だった、ということが分かってきたといいます。

「それからは古い道を自転車で走って写真を撮りに行くようになりました。そんな趣味と実益を兼ねた楽しみに、深くはまっていったんです」

デジタルで、つながる

学生時代は工学部で学んでいた荻窪さんは、「いろいろ調べ出すと、正確なエビデンスを得て、その場所は元は何だったか、というところまで知りたくなり、さらに詳しく調べたり、確認したりするようになったんです」と話します。書店で鎌倉街道など古道に関する本を求めたり、自治体が出している地元の歴史を調査した本を購入したり、古書店で古地図を探したり、日本地図センターで昔の地図を入手したりするようになりました。

もともとインターネットやデジタル製品に詳しく、持ち歩くカメラもいち早くデジタルカメラにしていた荻窪さんは、まだまだ紙の地図が主流だった時から、率先してデジタル化された地図を使い始めます。フィールドワークの履歴は、iPhoneのGPSと写真で残し、紙の資料はデジタル化してアプリ「Evernote」で管理するようになりました。参考とする資料は、今や国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている、様々な古地図や古文献にまで及びます。「デジタル化された資料をネットから探すのは職業柄得意ですから」と荻窪さんは話します。

「古道に興味を持ち、調べ、学ぶうちに、それぞれが一見関係なさそうな好きなことたちを、デジタルを使って結びつけられたことが、今につながっているんじゃないかと思います」

古道探索に活躍するアプリ

荻窪さんが、現在古道探索の際に活用しているのが、「スーパー地形」と「東京時層地図」です。特に「スーパー地形」は、なくてはならない大切なアプリだといいます。

「地形の確認や、GPSログの作成と閲覧のほか、古地図に切り換えて現代の地図と比較したり、その土地や建物の変遷を見たりと、いろいろな目的でまず開くことが多いです。オンラインで公開されている多くの地図を閲覧できるのが魅力です」

自転車で走ったり、自分で歩いたりした場所のGPSログは、今や20年分くらい残っていると話す荻窪さん。

「あとで見返せば、行ったことがある場所と、いつそこに行ったのかがすぐに分かります。昔の写真を探す時などにも便利なんです」

「東京時層地図」は、今いる場所が、昔どんなところだったのかを確認する際によく利用しているそうです。

「その場所の歴史が手に取るように感じられます。『時層』という言葉の通り、時間の層を切り替えることでタイムスリップできるわけです。この広い道路は昔からあったのを拡幅したのだな、とか、昭和になって新しく作ったのだな、といったことが一目で分かるのも大変ありがたく、散歩する時には必ず使います」

そして何より欠かせないのが、iPhoneで撮る写真なのだと荻窪さんは話します。

「気になるモノがあった時は、デジタルカメラを持っていても、メモ代わりに必ずiPhoneでも写真を撮ります。位置情報と日時が記録されるので、『写真』アプリにある『地図』を開けば、その場所の写真がすぐに見つかります。『あそこにあった道標の石には何が書いてあったっけ』と思ったら、写真を探せばいいわけです」

紙にメモしていた頃もあったそうですが、写真なら形状や記載されている文字、周囲の風景まで、位置情報とともに短時間で正確に記録されるのがいいと話す荻窪さん。またiPhoneで撮った写真は、すべてiCloudにアップロードされているため、10年以上前の写真も簡単に探し出せるのも魅力だといいます。

「記憶は、時間とともに都合良く解釈したりして曖昧になっていきますが、写真があれば案外正しく思い出せます。記憶を呼び起こすトリガーになるんですよ」

ためらわず、行ってみる

「やりたいことがあると、すぐ仕事にしていたりするので、いつか機会があったらやってみたいことって、案外思い浮かばないですね」と荻窪さんは笑います。この、面白そうなことがあればすぐそっちに行ってみる、やってみる、というスタンスこそが、荻窪さんの多方面での活躍につながっているようです。

「自分がこれが好きだな、面白いな、と思ったことがあったら、ためらわず1回行って(やって)みます。行って(やって)みないと、それが自分に向くか向かないかは分からないので、さっさと飛び込むわけです。その上で、自分に合ってないと思ったら引き返して(やめて)もいいんです」

若い頃はひたすらデジタルを中心に未来を追いかけていたのに、今はなぜか何百年も前の過去を追いかけてるというのが、我ながら面白いと思います
荻窪 圭さん

「偉そうなことを言える立場ではありませんが、最初からこの分野で食べていこうと思い詰めたりはせず、興味の赴くままに走って行ったのがよかったのかもしれません。すると、広がる時は仕事が舞い込んできたり、人を紹介してもらえたりして、縁がつながっていきました」

「現在は、以前よりもデジタル化されている情報が圧倒的に多いので、より新しいことに手を伸ばしやすいんじゃないでしょうか。面白そうなことに首を突っ込んで、抜けなくなったらそのままハマっていけばいいし、他の人がやっていないジャンルだったらそのまま開拓すればいいし。面白くなくなったら、まあそれまでってことで、かじるだけでやめておけばいいんです」

「若い頃はひたすらデジタルを中心に未来を追いかけていたのに、今はなぜか何百年も前の過去を追いかけてるというのが、我ながら面白いと思います」と笑顔で話す荻窪さんは、今日もどこかで面白そうなことを見つけているかもしれません。